アカデミー長編アニメ賞をはじめとする多くの賞に輝いたスタジオジブリの最高傑作アニメ「千と千尋の神隠し」。それはこんな話だ。

千尋の両親は勝手に神々の食物を食べたために呪いを掛けられ、豚になってしまう。千尋は両親を助けるため、八百万の神が体を休める温泉旅館「油屋(あぶらや)」の経営者、湯婆婆に「働かせてください」と言った。湯婆婆は千尋の名前を奪い、「千」という新しい名を与えた。
そうしてお客様の体を清める仕事に精を出す千尋であった。

というのがこの物語の概要なのだが、この設定は、千尋が娼婦として風俗で働くことをモデルとしているのである。
油屋は湯屋の言い換えであり、江戸時代に湯屋には湯女(ゆめ)と言われる娼婦が働いていた(Yahoo辞書)。
馬鹿なことをして豚になった両親は、借金を作った親。その肩代わりに娼婦として働かされる子どもの姿そのものである。
湯屋で働く際の名前を「千」としたのは源氏名を表している。
お客様が全員男であることや、それぞれが個室になっていることもここが娼婦の館であることを物語っているのである。

真相
もはや定番となっているスタジオジブリ(特に宮崎駿監督作品)作品の都市伝説。その多くは、ほのぼのとした子供向けアニメと裏腹の残虐性、批判性を伴ったものが多い。 この「千と千尋の神隠し」でも子供向けアニメの中で風俗社会というおよそ接点があってはならないものを結びつけている点がいかにも都市伝説っぽい。 しかし、この噂だけはまったくの根拠がないでまかせというわけではないのだ。


「千と千尋の神隠し」は不思議な国に行った、という単純なファンタジーではない。
この作品を作るにあたり、アニメ化を考えていた「霧のむこうのふしぎな町」という物語に影響されている。このファンタジーに様々な要素を加えていくのだが、舞台は温泉旅館にした。神々が湯治に来るというのは実際にある日本の祭りからヒントを得ているようである。そして電車のシーンは「銀河鉄道の夜」を意識していると宮崎駿も言っている。
そして、「現代」が抱える様々な問題を抽象化してこの物語の中に入れている。死、無気力、生、孤独などからコミュニケーションがうまくできない人たち(カオナシ)、強欲、わがまま(坊)な子供を甘やかし他には厳しい(湯婆婆)などなど。
それぞれが細かくどういったものを象徴しているかは子供向けのアニメと言うこともあり語られないが、そういった現代の闇の部分を物語に放り込んでいる。
そうなると、バカな行いのせいで子供にたいへんな思いをさせているバカ親という現実さえもこの物語に取り入れていると考えてもおかしくはない。まあそれのおかげで千尋は成長することができたのだが(親はそれに気がつかない:記憶がない)。

また、宮崎駿はある雑誌の中で
「今の世界として描くには何がいちばんふさわしいかと言えば、それは風俗産業だと思うんですよ。日本はすべて風俗産業みたいな社会になってるじゃないですか」
と述べている。別にだから風俗の設定を持ちこんだ、とは一言も言ってはいないが、宮崎駿の中に「風俗社会という現代」があるということが念頭にあったことは間違いないようである。
もしかすると、「風俗で働く未成年の存在」という現代の闇を作品にそれとなく入れたという可能性もなくはない。でもそうだとしたら小4の少女ではやりすぎだろうと思わないでもないが・・・
1つ気になるとしたら、湯屋の入口の看板の後ろに「回春」としっかりと書いてあることだ。回春とは「男性自身の機能増強と精力回復」(はてな)という意味をもつし、このキーワードで検索をすれば風俗関係のお店がズラリと並ぶ。
病気が治る、という意味もあるがこの言葉をわざわざ用いたということはやはり何かしらの風俗資料を参考にしていたのではないかと(遊び心で入れた?)邪推する。

とりあえず言えることは
・なにひとつ明言していない
・作品自体は「現代の闇」を象徴して視聴者に考えさせるような作品
だということである。

宮崎駿作品に共通することは「本来作品には深い内容・問題が含蓄されているのだが、無知なガキや大人でも単なるファンタジーと捉えても十分に楽しめるように作ってやってるぜ!」というものだから、この作品も子どもは違和感無く楽しめるし、大人はいろいろと詮索する。
視聴者がこのようにとらえるということは、宮崎駿にとってマイナスどころかニヤリとしてしまうことではなかったのだろうか。他の都市伝説は否定をしているが、この都市伝説に関しては否定をしている内容は見当たらない。

余談ではあるが、
「千と千尋の神隠し」で他に言われている都市伝説として
駅から電車を見続ける少女は「火垂るの墓」の節子!?

というものだ。この憶測がなぜ生まれているかと言うと、
・この列車は死者を乗せている(体が透けている、一方通行、モデルが銀河鉄道の夜などから)
・容姿が似ている(オカッパ)
・駅で死んだ兄を待っている
などというものらしいが、拡大して並べてみても

似てますか? オカッパぐあいも違うし服装がおかしいでしょ・・・

じゃあ、となりのトトロのメイだサツキだ、と別な意見も出てきている。
ちなみに節子とメイは4歳、サツキは12歳、千尋は10歳だ。

少なくとも4歳には見えないですね・・・・・・千尋と同い年ぐらいがちょうどいいような気がします。
実は、この作品中に千尋と同い年の少女が出てきます。
え?誰?リンさん?(←そんなわけない)

理砂です。

誰?と思った人は普段の注意力が散漫です。冒頭で転校する千尋に花束をくれた同級生です。自画像(イラスト)がおかっぱに見えなくもありません。
花束が急に萎れる事はありません。カードが落ちたことと言い、理砂の身に何かがあったという暗示だったのではないでしょうか!? 「また会おうね」とは、この駅で会えるという意味だったのではないでしょうか。そして死の国で降りた理沙は成長していく千尋と離れてしまい、千尋を見続けて何かを思った、伝えたかったのかもしれません。「もう私がいなくても平気だよね・・・・・・」

というこれ、新しい都市伝説になりませんかね?(笑)

(c)二馬力・徳間書店

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これは北海道のある路線の踏切で起きたことだ。
ある冬の寒い日、雪の降り積もる道を家へと急ぐ高校生ぐらいの少女の姿があった。
もう少し、あの踏切さえ渡れば暖かい家にたどり着ける。
しかし、無常にも踏切に辿り着く直前に警報機が鳴りだし、遮断機がゆっくりと下がりはじめた。
少女は家に早く帰りたい一心で、半ばまで下がっていた遮断機をくぐり抜け、急いで踏切を渡ろうとした。
ところが、彼女は踏切の真ん中で雪に足をとられて転倒してしまったのだ。
なんとか起き上がろうともがいている彼女の目に、ゆっくりとこちらに向かってくる電車のヘッドライトが見えた・・・・・・

「危ない!」
運転士が少女を見つけ慌ててブレーキをかける。
しかし、それは遅かったのだ。
路面が凍りかけていたために、電車は踏切をはるかに超えてから緊急停止した。
車掌と運転士は電車から飛び降りてすぐに踏切まで引き返した。
だが、そこにあったのは衝突の衝撃により無残にも上半身と下半身が切断され、離れ離れに転がった少女の死体であった。
「これは酷い・・・」
車掌はそう呟くと運転士にこの場に残っているように指示し、自らは応援を呼ぶために電車の中へと引き返して行った。
すると・・・・・・
ズリッ!
転がっていた少女の上半身が突然起き上がり、運転士の方へ向かって地面を這い出したのだ。
「助けて・・・」
力なくそう呟きながら、少女の体は腕を使って這いながら運転士に近づいてくる。
恐怖にかられた運転士は慌てて逃げようとしたが、雪、焦り、混乱、恐怖のために上手く体が動かず、尻もちをついたままその場から動けずにいた。
「助けて・・・」
そうしている間にも、地を這う少女の上半身は運転士との距離をますます縮め続けている。
パニックに陥った運転士は少女のように地を這って逃げ出した。
ところが・・・
「助けて・・・」
彼のすぐ耳元で少女の声がし、それと同時に何かが彼の背中に覆い被さってきた。

連絡を終えた車掌が踏み切りに戻ると、そこに運転士の姿はなかった。
それどころか、さっきまであったはずの少女の上半身も消えている。
不思議に思った車掌が辺りを見まわすと、運転士は近くで少女の上半身を背負ったまま気絶していた。
可哀想なことに、彼はこれが原因で後に発狂してしまったという。

少女の体が切断された時、切断面の傷口は寒さのためにたちまち血が凍りついて出血が抑えられた。
そのため彼女は即死せず、上半身だけがしばらくの間生き長らえていたのだ。

真相


(c)藤子プロ・小学館

「切断されて生きている訳ない!」と一蹴したいところだが、実は世の中には電車や車の事故で下半身を失って尚生きている人は実在する。半分になっても生きている人の動画が実際にあるので(合成じゃないと思うのだが)、興味ある人は探してみるとよいだろう(グロ注意)。
ちょうど腰あたりで二分されてしまうケースならば、その後の応急手当がしっかりしているのならば生き続けることは人体の構造上可能だ。逆にショック死、失血死をしない限り即死をすることは少ないかもしれない。

それならばこの話も事実なのではないだろうか?
と思いたくなるのだが、余計なディテールを付け加えてしまったがために、とたんにうさんくさくなってしまっている。

血は固まるのか
血は寒いから固まるというものではない。むしろ温めた方が酵素の働き(血小板)で血を固めようとする。寒さで固まるとしたらそれは文字通り「凍る」という現象であり、それが一瞬にして起きるのはよく「鼻水が出たら一瞬で固まった」とかいうあれだ。いったい氷点下何度の世界だよ、という話です。昔「氷点下の世界」というアトラクションに入ったことがあるが、一瞬では何も固まらず寒いだけだったぞ。


話したり、這ったりできるのか
なんとかショック死せず生き延びていたとして、痛みはあるはずだ。それも相当の激痛。それこそ気を失うぐらいの。話したり、腕を使って這う気力はさすがに起きないだろう。ましてや背中に覆いかぶさる(ジャンプした?)なんて・・・・・・この最後がこの話が嘘であることを証明してしまっている。
ちなみに運転士が気絶したまま近くの電柱に少女を背負ったまま登ったというオプションもある。


出どころの噂としては、実際に電車事故で半身切断をされた"死亡"事故があり、それをモチーフに怪談っぽく付け足しをしたのではないかと言われている。

チョコレートを食べ過ぎてはいけない。食べ過ぎると鼻血が出るからな。

真相

こんな噂は誰しもが耳にしたことはあるだろうが、果たしてそれは本当なのだろうか?
医学的・科学的根拠について考えられるのは、

1.チョコレートに含まれているカフェインが興奮作用を引き起こし鼻血が出る
確かにカフェインに興奮作用を引き起こす作用もあるし、興奮をすると血管が広がるが、血管が破れるほど興奮するものなのか?漫画じゃあるまいし興奮したぐらいで血が出るのだろうか。
仮にそうだとした場合、じゃあチョコレートにそんなに大量のカフェインが含まれているのか、というときわめて少ない量しか含まれていない。カフェインと言えば、誰でもすぐ思いつくコーヒーや緑茶の方がはるかに多く含まれているし、コーラ1缶飲めば、板チョコ1枚を上回る。
だからカフェインが原因でチョコレートで鼻血が出るのなら、コーヒーをがばがば飲む人や、コーラを大量に摂取する人は、鼻血がすぐに出ているはずだ。

2.チョコレートには多くの糖分が含まれており、糖分が血管を拡張して鼻血が出る
確かに糖分は、血管を拡張する(血行が良くなる)作用を持っているのでさもありなんな話ではあるが、これもチョコレートよりも糖分を含んでいる食べ物など他にもたくさんあり、アイスクリームにもたくさん含まれているし、これまたコーラにも大量に含まれる。

これら2つのことからもチョコレート以前にコーラを飲んだ方がはるかに鼻血がよく出そうなものであり、そのような事象を見たことがないということは、科学的・医学的に確かに要因となりそうな作用があるものの、血管を破るぐらいまでには至らないというのが事実のようだ。ただし、もともと傷口があったら、血行が良くなって再び血がでることはあるようだ。
鼻血よりも糖尿病とかメタボとかの違う病気を気にした方がよいようだ。


では、なぜこのような噂がひろまったのだろうか。いくつか説があるが、
・チョコレートは牛乳つまり牛の乳が原料になるが、「牛の血」と誤って伝わり、血を摂取するので鼻血が出る と誤って伝播していった
・戦後、チョコレートは高価なお菓子だったため、子供がたくさん食べないようにデマを流した
というものだ。
・誰かが偶然鼻血を出した(傷があったなど)ことから先入観で伝わった


というようなことらしい。
どちらにせよ、甘い物やカフェインの大量摂取はよくないので控えめにするにこしたことはない。